ネットワークスライシング(Network Slicing)
1. 概要
A. 定義
ネットワークスライシング(Network Slicing) とは、単一の物理ネットワークインフラ(無線アクセス網・トランスポート網・コア網)の上に、互いに論理的に分離された多数のエンドツーエンド(end-to-end)の仮想ネットワーク(スライス)を作り、スライスごとに異なる性能・機能・セキュリティ要件を独立して保証する技術である。
ネットワークスライシングの本質は、「一つの物理網を複数の目的別専用網のように使うこと」 である。従来の通信網はすべての加入者・サービスが同一の資源プールを共有するため、特定のサービスが要求する遅延・帯域・信頼度を個別に保証することが難しかった。スライシングはSDN(ソフトウェア定義ネットワーキング)とNFV(ネットワーク機能仮想化)を基盤に、計算・保存・ネットワーク資源をソフトウェア的に分割・再構成することで、各サービスに向けたカスタム論理網を即座に生成・提供する。
ここで重要なのは、スライスが単なるQoS(品質保証)の優先順位調整ではなく、制御プレーン(Control Plane)とユーザプレーン(User Plane)を含むエンドツーエンドの論理ネットワーク全体を分離するという点である。すなわち無線スケジューラの資源ブロックからトランスポート網の経路、コア網のセッション管理・移動性管理機能までがスライス単位で分けられる。このためスライシングは、5Gアーキテクチャを従来世代と区別する中核的特性として挙げられる。
たとえて言えばスライシングは、一つの高速道路(物理インフラ)に、救急車専用レーン(URLLC)、貨物大量輸送レーン(eMBB)、多数の小型車専用レーン(mMTC)を論理的に引いておくようなものである。道路は一つだがレーンごとに通行規則・速度・優先権が異なり、救急車が貨物の渋滞に閉じ込められない。ただしスライシングは単にレーンを分けるにとどまらず、各レーンに専用の進入路・料金所・管制(制御プレーン機能)まで付与するという点で、エンドツーエンド分離の性格がより強い。
B. 登場背景および必要性
5Gは、互いに性格が極端に異なる三つのサービス種別を一つのインフラで同時に収容しなければならない。超高速大容量ストリーミングを要求するeMBB(超広帯域)、1ms級の遅延と99.999%の信頼度を要求するURLLC(超低遅延・高信頼)、数万〜数十万個の端末の低電力接続を要求するmMTC(大規模モノ通信)がそれである。この三つの要求は同時に最適化できないトレードオフの関係にあり、単一の「平均的」ネットワークではどれ一つも十分に満たせない。
かつてはサービスごとに別個の物理網を構築する方式(専用回線・専用装置)で対応したが、これは資本費用(CAPEX)と運用費用(OPEX)を過度に膨らませ、資源利用率を下げた。逆に一つの共用網にすべてのトラフィックを集めると、急増する映像トラフィックが遠隔制御信号を押しのけるなどの干渉が発生する。スライシングは「物理的には一つ、論理的には複数」 という折衷でこのジレンマを解消する。資源は共有しつつ、サービス別のSLA(サービスレベル合意)は分離・保証するのである。
4G(LTE)まではこうしたサービス別の差別化がQoSクラス(QCI)水準の優先順位調整にとどまっていた。しかしQoSだけでは制御プレーン・コア機能まで分けられず、遅延に極度に敏感なミッションクリティカルなサービスを一般トラフィックと根本的に分離することが難しかった。5Gが自動運転・スマートファクトリのような産業融合サービスを狙うにつれ、サービスごとに性能・機能・セキュリティを丸ごと仕立てられるエンドツーエンドのスライシングが必須要件として浮上したのである。
さらに通信事業者(MNO)の観点では、スライシングは新たな収益モデルの基盤となる。自動運転・スマートファクトリ・遠隔医療・大規模イベント中継など産業別の要求に合わせたスライスをオンデマンドで販売(Network-as-a-Service)でき、さらにスライスの運用権の一部を企業顧客に委任する形態も可能である。この背景から3GPPはRelease 15よりスライシングを標準の中核機能として明示した。
技術的にスライシングが可能になったのはSDN・NFVの成熟のおかげである。かつてネットワーク機能は専用ハードウェア(ルータ・ゲートウェイ)に固定されており、サービスごとに物理装置を新たに購入せねばならなかったが、NFVはこれらの機能を汎用サーバ上のソフトウェア(VNF/CNF)へ分離し、SDNは制御プレーンとデータプレーンを分けて経路をプログラム可能にした。その結果、資源をソフトウェア命令だけで分割・再構成できるようになり、これが「物理網一つに論理網複数」というスライシングの前提を成立させた。スライシングをSDN・NFVの「応用」であり5G時代の代表的ユースケースと見る理由がここにある。
C. 特徴
- 分離性(Isolation): 一つのスライスの障害・過負荷・セキュリティ事故が他のスライスに伝播しない。
- カスタム性(Customization): スライスごとにトポロジ・機能・SLAを互いに異なるよう設計する。
- 弾力性(Elasticity): トラフィックの変化に応じてスライス資源を動的に拡張・縮小する。
- 自動化(Automation): スライスの設計・配備・運用・廃棄の全過程をオーケストレーションで自動化する。
この四つの特徴は互いに噛み合って作動する。分離性がSLA信頼の土台であるなら、カスタム性はそのSLAをサービス別に設計する自由度を、弾力性は需要変動の中でもSLAを維持する能力を、自動化はこれらすべてを人手なしに大規模に反復可能にする実行力を提供する。特に自動化なしには数百個のスライスを個別に管理することが非現実的であるため、スライシングの商用価値は事実上オーケストレーション成熟度に比例すると見ることができる。
2. ネットワークスライシングの全体構造
エンドツーエンドのスライスは、アクセス網(RAN)・トランスポート網(Transport)・コア網(Core)の三つのドメインがそれぞれ切り出され一つにつながったときに初めて完成する。いずれか一区間でもスライシングされなければその地点がボトルネックとなりSLAが崩れるため、三つのドメインの一貫した分割が前提となる。これは鎖の強度が最も弱い環に左右されるのと同じ理屈で、エンドツーエンド遅延目標が1msなら三区間の遅延予算(latency budget)を合算し各区間に配分・検証しなければならない。下の構造図は三つのドメインがどのように一つのスライスへ連結されるかを表す。
flowchart LR
subgraph RAN["アクセス網(RAN)スライシング"]
R1["無線資源ブロック<br/>スケジューラ分割"]
end
subgraph TN["トランスポート網スライシング"]
T1["FlexE·VPN·<br/>セグメントルーティング"]
end
subgraph CN["コア網スライシング"]
C1["仮想化NF<br/>SMF·UPF·AMF"]
end
UE["端末(UE)"] --> R1 --> T1 --> C1 --> DN["データ網(DN)"]
アクセス網(RAN)スライシング は、基地局の無線資源(周波数・時間資源ブロック、スケジューリング優先順位)をスライス別に配分する。URLLCスライスには短い送信時間間隔(TTI)と先取りスケジューリングを付与して遅延を下げ、eMBBスライスには広い帯域を割り当てる。無線区間は資源が根本的に希少で電波環境に左右されるため、RANスライシングの精緻さがエンドツーエンド性能を左右する場合が多い。実際にRANでは完全な物理分離よりスケジューラ水準の優先順位・資源予約(ハード/ソフトスライシングの混合)がよく用いられる。
RANスライシングが難しい根本的理由は、無線資源が時間・周波数という物理的に有限な資源である上、電波状態・干渉・移動性のために刻々と利用可能量が変わることにある。有線のようにリンクを静的に切り分けておけないため、スケジューラが毎送信時間間隔ごとにスライス別の優先順位・最小保証資源(重み)を反映して動的に資源ブロックを分ける。たとえばURLLCスライスに15%の資源を最小保証として予約しておけば、他のスライスが急増しても制御信号が押しのけられない。このようにRANでは「予約はするが余る資源は共有する」ソフトスライシングが効率と保証を折衷する現実的な解となる。
トランスポート網(Transport)スライシング は、基地局とコアをつなぐバックホール・フロントホール区間を分ける。イーサネット物理層をスロット単位で切り分けるFlexE(Flexible Ethernet)、IP/MPLS VPN、そして経路をソースで指定するセグメントルーティング(SRv6など) が代表的な手法である。トランスポート網は遅延・ジッタ・帯域を決定論的に保証しなければならない区間であるため、URLLCスライスの場合は物理層水準の強い分離(FlexE)が好まれる。
トランスポート網はしばしば見過ごされるが、実際にはエンドツーエンドSLAのボトルネックとなる場合が多い。RANとコアをいくら精緻にスライシングしても、その間をつなぐトランスポート区間でキューイング遅延や競合が生じれば1ms級の目標が崩れるからである。FlexEは100Gイーサネットを5G単位の下位チャネルに分け、特定のスライスに物理スロットを専用割り当てすることで、他のトラフィックのバーストがあっても遅延・帯域を決定論的に保証する。一方、統計的多重化に依存するIP VPN方式は柔軟で安価だが、輻輳時にジッタが大きくなり得るため、ミッションクリティカルなスライスには不適な場合がある。
コア網(Core)スライシング は、5Gコアのネットワーク機能(NF)をスライス別インスタンスとして仮想配置する。セッション管理(SMF)・ユーザプレーン(UPF)・接続移動性管理(AMF)などをスライス要求に合わせて組み合わせ、特にUPFを利用者の近く(エッジ)に配置すれば遅延を大きく減らせる。コアはソフトウェア(仮想マシン・コンテナ)基盤であるため、相対的に柔軟に分割・複製される。
一方、三つのドメインの分割を一つのエンドツーエンドスライスへ織り上げるには、ドメイン境界でスライス識別子(S-NSSAI)が一貫してマッピングされ、トラフィックが正しい下位経路へつながらねばならない。すなわちRANが特定のスライスへ分類したトラフィックが、トランスポート網の対応経路とコアの対応NF集合へ正確に届けられねばならず、このマッピングが食い違えば分離が崩れる。ゆえにエンドツーエンドスライシングは、各ドメインの分割技術のみならず、それらをつなぐ識別・マッピング・ポリシーの一貫性がともに備わって初めて完成する。
5Gコアがサービス基盤アーキテクチャ(SBA) として再設計されたことが、コアスライシングを可能にした決定的な土台である。機能が細かく分かれたマイクロサービス型NFで構成され標準APIで通信するため、スライスごとに必要なNFだけを選んで組み立てる「レゴ式」構成が可能である。たとえばmMTCスライスは大量端末のセッションを軽く処理するよう最小機能だけを置き、URLLCスライスは専用UPFをエッジに配置してユーザプレーン経路を短くする。このように制御プレーンの一部(例: 共通AMF)は共有しユーザプレーン(UPF)はスライス別に専用化する折衷構成が実務でよく用いられ、これはシグナリング効率とデータ分離を同時に得ようとする設計選択である。
| ドメイン | 代表的分割手法 | 分離強度 | 主目的 |
|---|---|---|---|
| RAN | 資源ブロック·スケジューラ優先順位 | 中(ソフト) | 無線遅延·帯域 |
| Transport | FlexE·VPN·セグメントルーティング | 高(ハード可能) | 決定論的遅延·帯域 |
| Core | 仮想NFインスタンス分離 | 高 | 機能·セッション仕立て |
三つのドメインを比較すると、分離の「容易さ」と「費用」が互いに異なる点が明らかになる。コアはソフトウェア基盤であるためインスタンスの複製・分離が相対的に容易で費用も低い一方、RANは物理的に有限な無線資源を扱うため強い分離がすなわち大きな機会費用(他のスライスが使えない資源)につながる。トランスポート網はその中間で、FlexEのような物理スロット分割は強力だが装置対応と設計負担が伴う。したがって実務設計は「どの区間にどれほど強い分離を置くか」をサービス要求と費用を秤にかけてドメイン別に異なるよう定める最適化問題となる。
3. スライス管理・オーケストレーションアーキテクチャ
スライスは一度作れば終わりではなく、要求受付 → 設計 → 配備 → 運用・監視 → 廃棄のライフサイクルを持つ管理対象である。このライフサイクルの視点がスライシングを静的な構成ではなく生きているサービスにする。スライスは需要に応じて生成され、イベント終了後に回収され、運用中はSLAに合わせて絶えず調整されるため、管理自動化なしにこの動的特性を担うことはできない。3GPP(TS 28.530系列)はこの管理を三層の管理機能として定義する。下の図解は上位の顧客要求がどのように下位のサブネット資源割り当てへ分解されるかを示す。
flowchart TD
CSMF["CSMF<br/>通信サービス管理"] --> NSMF["NSMF<br/>スライス管理"]
NSMF --> NSSMF1["NSSMF(RAN)"]
NSMF --> NSSMF2["NSSMF(Core)"]
NSMF --> NSSMF3["NSSMF(Transport)"]
NSSMF1 --> RES["物理·仮想資源(MANO/NFVO)"]
NSSMF2 --> RES
NSSMF3 --> RES
この管理アーキテクチャはクラウドのIaaS層モデルと比べると理解しやすい。顧客は望むサービス品質を「注文」し、オーケストレーション層がこれを下位の資源割り当てへ自動分解・実行し、運用中はSLA違反がないよう資源を再調整する。スライシングをしばしば「ネットワークのクラウド化」 あるいはNaaSと呼ぶ理由がここにある。
最上位のCSMF(Communication Service Management Function) は、顧客(企業・サービス)の言語で表現されたサービス要求(例: 「遅延10ms以下、可用性99.99%の自動運転支援網」)を受け付け、これをネットワークスライス要件へ翻訳する。すなわちビジネス要求と技術要件の間の通訳の役割を担う。この層のおかげで顧客は内部の網構造を知らなくても望む品質を注文できる。
NSMF(Network Slice Management Function) は、エンドツーエンドのスライス全体の生成・修正・監視・廃棄を統括する。NSMFは一つのスライスをRAN・Core・Transportなど複数のサブネットスライス(NSSI) へ分解し、各サブネットを担当するNSSMFへ要求を委任した上でこれらを一つに織り上げSLAをエンドツーエンドで保証する。NSMFはリアルタイム性能指標(KPI)を収集しSLA違反が予想されれば資源を再配置する閉ループ(closed-loop)自動化の中心である。
NSSMF(Network Slice Subnet Management Function) は、ドメイン別のサブネットを管理し、実際の資源割り当てはNFV MANO(NFVO·VNFM·VIM)とSDNコントローラに指示して行う。この層分離のおかげで、ドメインごとに異なるベンダ・技術を使っても上位管理が一貫して保たれる。
この3層管理モデルの実益は関心の分離にある。ビジネス要求(CSMF)—エンドツーエンドのスライスオーケストレーション(NSMF)—ドメイン別資源実行(NSSMF)を分けておけば、各層が独立して進化・交替でき、マルチベンダ環境でも拡張性が確保される。またGSMAはスライス要求を標準書式で記述するGST(Generic Network Slice Template) と、これを事業者別に具体化したNESTを提示し、顧客・事業者間のスライス仕様交渉と自動配備を標準化しようとしている。このようなテンプレート化がなければスライスごとに手作業の設計が必要となり、オンデマンド商用化が事実上不可能である。
スライスを識別する標準識別子はS-NSSAI(Single Network Slice Selection Assistance Information) であり、スライスの種類を意味するSST(Slice/Service Type) と、事業者が細分するSD(Slice Differentiator) で構成される。端末が接続すると、コアのNSSF(Network Slice Selection Function) が端末の要求S-NSSAIと加入情報を根拠に適切なスライス(およびAMF)を選択する。一つの端末が同時に複数のスライスへ接続する(例: 業務用URLLC + 一般インターネットeMBB)ことも標準的に許容される。
運用段階の核心は閉ループ(Closed-loop)SLA保証である。NSMFは各スライスの遅延・スループット・パケット損失などのKPIを継続的に収集し、目標値に近づくか違反が予想されれば資源を自動で再配置するかスライスを拡張(scale-out)する。たとえば特定のURLLCスライスの遅延が閾値に近づけば、オーケストレータがエッジUPFを追加起動するかトランスポート経路を迂回させる。この監視—判断—措置の循環を人ではなくポリシー・AIが自動で回すことが大規模スライス運用の前提であり、近年は「何を望むか」だけを宣言すればシステムが構成を自ら合わせるインテント基盤(Intent-based)管理へと進化している。
4. スライス種別と分離方式の比較
3GPPは標準SST値としてeMBB(SST=1)、URLLC(SST=2)、mMTC/mIoT(SST=3)、V2X(SST=4)などを定義する。各種別は根本的に異なる資源プロファイルを要求する。eMBBは帯域幅最大化が目標であるため広い周波数と高スループットUPFを割り当てられ、URLLCは遅延・信頼度が目標であるためエッジUPF・先取りスケジューリング・二重経路を割り当てられ、mMTCは接続密度・低電力が目標であるためシグナリング効率と大規模セッション処理に最適化される。このように「何を最適化するか」が異なるため、同一物理網の上でもスライス別設計が大きく分かれる。
この三つの要求がなぜ同時に満たされ得ないかは資源配分のトレードオフに由来する。超低遅延を得るには資源をあらかじめ予約(先取り)して待ちをなくさねばならないが、これは統計的多重化で利用率を引き上げる帯域最大化(eMBB)戦略と正面から衝突する。また数十万端末を低電力でつなぎ止めるmMTCは頻繁な再送・精緻なスケジューリングを避けねばならないため高信頼(URLLC)とも食い違う。スライシングはこのトレードオフを「一つの最適点を探す」代わりに「要求が同じもの同士をまとめてそれぞれ最適化する」方式で回避する。まさにこの点がスライシングが単なるQoSチューニングと決定的に分かれる部分である。
分離の強度もスライスの目的に応じて変わる。物理資源を専用に切り出すハード分離は性能・セキュリティ保証が確実だが資源利用率が低く高価であり、資源を共有しつつスケジューリング・ポリシーで分けるソフト分離は効率的だが急増時に干渉リスクが残る。実務ではURLLC・ミッションクリティカルなスライスにはハード分離を、一般eMBBにはソフト分離を適用する混合戦略が一般的である。
| 区分 | eMBB | URLLC | mMTC |
|---|---|---|---|
| 核心要求 | 超高速帯域 | 超低遅延·高信頼 | 大規模接続·低電力 |
| 目標数値 | 数Gbps | 1ms·99.999% | km²あたり100万端末 |
| 資源戦略 | 広い帯域 | エッジUPF·先取り | シグナリング効率 |
| 代表事例 | 8K中継·AR/VR | 遠隔手術·工場制御 | スマートメータ·環境センサ |
スライスは固定されたものではなく、静的・動的の二つの方式で運用される。静的スライスは長期契約(例: 工場専用URLLC)のように長く維持される一方、動的スライスは特定のイベントや時間帯にのみ生成・廃棄される。たとえば祭りやコンサート会場で数時間だけ大容量上り回線スライスを作り、終了後に回収すれば、資源を常に確保しておく必要なく必要なときだけ品質を保証できる。この動的運用の柔軟性こそ専用網構築方式では得にくいスライシング固有の経済的利点であり、事業者が資源を多数の顧客へ時間軸でも再利用できるようにする。
スライシングは一見すると従来のVLAN・VPN・QoSと類似して見えるが本質が異なる。VLAN・VPNは主にトランスポート層の論理分離にとどまり、QoSはパケット優先順位調整にすぎないため、無線資源・コア機能・管理ライフサイクルまでエンドツーエンドを網羅できない。一方スライシングはRANからコア機能・管理プレーンまで一つの自動化されたエンドツーエンドの論理ネットワークとして束ねるという点で差が生じる。この差はすなわち「スライスごとに独立したSLAと運用の自律性を付与できるか」という実務的含意へつながる。
セキュリティの観点でも分離の意味が異なる。VPNがデータの機密性(暗号化)に焦点を置くなら、スライス分離は性能・資源・障害の相互非干渉まで含む。すなわち一つのスライスがDDoS攻撃を受け資源が枯渇しても他のスライスのSLAが維持されねばならないため、資源予約・上限(rate limit)・スライス別認証(NSSAA)がともに設計される。このためスライシングは性能分離とセキュリティ分離を同時に要求する概念であり、論理分離だけを信じ検証を怠るとかえって攻撃面が増えるという点に留意せねばならない。
5. 深掘り: 標準動向と実務適用事例
最新動向は大きく標準の進化と商用配備の拡散の二つの筋で見ることができる。
標準の側面ではスライシングは3GPP Release 15(2018)で基本骨格が定義された後、Release 16でローミング・相互運用性と管理自動化が補強され、Release 17では一つの端末が複数のスライスを同時に使う際のポリシー(NSSAA、スライス別認証・認可)、スライス別の最大端末数制御などが精緻化された。以後の議論(Release 18以上、いわゆる5G-Advanced)ではスライス間の資源最適化とAI基盤の閉ループ運用が話題であり、6Gではスライシングが地上・衛星・非地上網(NTN)を網羅する超連結・超分散スライスへ拡張されると展望される。ただし詳細な標準は改定中であるため、特定機能の必須化の可否は最新規格で確認せねばならない。
初期の商用配備から得た教訓も注目に値する。標準はエンドツーエンドスライシングを規定するが、実際には端末(チップセット)・RAN装置・トランスポート網・コアがすべてスライシングを一貫して支援せねばならず相互運用検証が必要であるため、完全なエンドツーエンド分離の商用化は段階的に進んでいる。初期にはコア中心のスライシングとURLLC中心の事例が先行し、RAN・トランスポート網の強い分離が後に続く様相である。またスライス別の課金・SLA測定体系の未整備、端末の多重スライス接続ポリシーの複雑性などが拡散の実務課題として残っており、この部分の成熟が大衆的商用化の鍵だという評価が多い。
国内(韓国)では先に扱った[private-5g]制度と結び付き、スマートファクトリ事業者が制御用URLLCスライスと映像・データ用eMBBスライスを分離運用する形態が代表事例である。たとえばロボット制御には1ms級の低遅延スライスを、品質検査映像の伝送には高帯域スライスを割り当て、二つのトラフィックが互いを押しのけないようにする。通信事業者の側では大規模スポーツイベント中継の際に放送用の上り大容量スライスを一時的に生成・運用し終了後に廃棄するオンデマンド事例が増えている。自動運転・車両通信(V2X)分野では安全メッセージ用の超低遅延スライスとインフォテインメント用の帯域スライスを分離する構造が議論される。これらの事例の共通点は、サービス特性が極端に異なるトラフィックを一つのインフラの上で分離・保証することである。
遠隔医療分野もスライシングの価値をよく示す。遠隔手術ロボットの触覚フィードバックは数ms以内の往復遅延と極度の信頼度を要求する一方、同じ病院の電子カルテ照会や教育用映像はそれほどの実時間性を必要としない。このとき手術制御には二重経路とハード分離を適用したURLLCスライスを、一般業務トラフィックにはソフト分離のeMBBスライスを付与すれば、病院は一つの5Gインフラで相反する二つの要求を安全に並行できる。このようにスライシングは「ネットワークをサービス要求に合わせて仕立てる」ことで、かつてサービスごとに専用網を敷いた方式に比べ資本・運用費を大きく節減しつつ品質を個別に保証する。
6. 考慮事項および示唆点
- 分離と効率のトレードオフ: ハード分離はSLA・セキュリティを確実にするが資源利用率を下げる。サービスのミッションクリティカル度に応じてハード/ソフト分離を差別適用し、資源予約と過剰予約(over-provisioning)の水準をデータに基づき調整することが核心戦略である。
- エンドツーエンドのオーケストレーションと自動化成熟度: スライシングの価値はRAN・トランスポート・コアを貫く自動化されたライフサイクル管理から生まれる。ドメイン・ベンダが異なるときの相互運用性と閉ループ(SLA監視→資源再配置)自動化の水準が実際の運用の成否を分ける。AIOps・インテント基盤管理との連携が展望される。
- セキュリティ・分離検証と攻撃面の拡大: 論理分離がすなわち完全なセキュリティを意味するわけではないため、スライス間の横移動・資源枯渇攻撃に備えた分離検証とスライス別認証(NSSAA)が必要である。仮想化・多層管理で攻撃面が広がった点を考慮しゼロトラスト原則を適用せねばならない。
- ビジネスモデルと規制・課金: スライスはNaaS・品質差別販売の基盤だが、網中立性・公正競争などの規制論点と絡む。スライス別のSLAを計量・課金・監査できる体系と標準KPI定義が商用化の前提となる。
- 連携技術の統合: SDN・NFV・[[edge-computing]]・コンテナオーケストレーションとの結合がスライシングの性能・柔軟性を左右し、今後衛星など非地上網との統合スライシングまで拡張されることを念頭に置いたアーキテクチャ設計が求められる。
- エンドツーエンドの相互運用性と標準準拠: 端末・RAN・トランスポート・コア・管理システムが互いに異なるベンダで構成されるだけに、3GPP・GSMA・ITU-T標準(S-NSSAI、GST/NEST、KPI定義)を準拠した相互運用検証が必須である。標準に準拠しない区間が一つでもあればエンドツーエンドのスライスが成立しないため、導入初期に相互運用試験と段階的拡散ロードマップをともに設計せねばならない。
参考資料
- 3GPP TS 23.501, System architecture for the 5G System (5GS)
- 3GPP TS 28.530/28.531, Management and orchestration; Concepts, use cases and requirements for network slicing
- GSMA, "Generic Network Slice Template (GST)"
- ITU-T Y.3112, Framework for the support of network slicing in the IMT-2020 network
一言まとめ: ネットワークスライシングはSDN・NFVを基盤に単一の物理インフラの上にRAN・トランスポート・コアを貫く論理的に分離されたエンドツーエンドの仮想網を多数生成し、eMBB・URLLC・mMTCのように相反するサービス要求をスライス別のSLAでそれぞれ保証する5G/6Gの中核技術である。